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析出硬化系ステンレス

  • 析出硬化系ステンレス鋼の基礎知識まとめ

    析出硬化系ステンレス鋼とは、金属間化合物の析出を利用して、高い強度を得ることを目的としたステンレス鋼です。代表的な鋼種にSUS630(17Cr- 4Ni-4Cu-Nb)と SUS631(17Cr-7Ni-1Al)があり、両鋼種ともJISによって規定されています。また、これらの鋼種は、クロム(Cr)の含有量とニッケル(Ni)の含有量から、SUS630は17-4PH、SUS631は17-7PHと呼ばれることもあります。なお、PHとは、precipitation hardening(析出硬化)の頭文字を示しています。析出硬化系ステンレスの組織と熱処理析出硬化系ステンレス鋼では、固溶化熱処理後に析出硬化(時効硬化)処理を行うことで、金属間化合物を析出させ、強度を高めています。固溶化熱処理で過飽和に固溶した析出硬化元素を、時効硬化によって第2相を微細分散析出させるという仕組みです。材質によって成分組成が異なるため、析出する金属間化合物や析出のメカニズムが異なります。また、析出硬化系ステンレス鋼では、焼入れ鋼と比べて、より低温で熱処理を行うため、焼入れによって生じやすい変形、歪み、寸法変化、焼き割れ、残留オーステナイトに起因する経年変化などが起こりにくいという特徴を持ちます。参考:ステンレスの焼き入れについて専門家が紹介!SUS630の熱処理SUS630(17Cr- 4Ni-4Cu-Nb)では、銅(Cu)の添加により析出硬化性を付与することで、Cu-過剰相を析出させます。熱処理としては、固溶化熱処理(S:Solution treatment)後に、規定された次の4段階(H900、H1025、H1075、H1150)の析出硬化処理(H:Hardening)を施します。JISにおいて、SUS630の熱処理条件は次のように定められています。<SUS630の熱処理条件>種類の記号熱処理SUS630種類記号条件固溶化熱処理S1020~1060℃ 急冷析出硬化処理H900470~490℃空冷H1025540~560℃空冷H1075570~590℃空冷H1150610~630℃空冷*注:SUS630については、固溶化熱処理及び析出硬化処理以外の熱処理を受渡当事者間で協定されることがある。引用元:JIS G4305:冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯固溶化熱処理では、1020~1060℃から急冷させ、マルテンサイトの金属組織が得られます。この後、目的とする硬度に応じて、析出硬化処理を行います。析出硬化処理は、華氏による処理温度によって定められています。例えば、H900では析出硬化処理温度が華氏900度(482℃)で、JIS上では470~490℃で析出硬化処理を行うよう定義されています。下図に示した通り、析出硬化処理温度が高くなるほど、硬度が下がり軟化します。<時効硬化熱処理温度と硬度の関係>引用元:株式会社シリコロイラボSUS630において、固溶化熱処理後、析出硬化処理(H900)後、それぞれの顕微鏡組織(200倍)を下図に示します。<SUS630顕微鏡組織>引用元:株式会社シリコロイラボ参考:SUS630(ステンレス鋼)磁性、成分、切削性、機械的性質参考:15-5PH(ステンレス鋼)化学成分、磁性、機械的性質SUS631の熱処理SUS631(17Cr-7Ni-1Al)では、Alの添加により析出硬化性を付与することで、Ni-Al 金属間化合物相を析出させます。熱処理では、まず固溶化処理(S処理)において1000~1100℃から急冷し、準安定オーステナイト組織が得られます。不安定なオーステナイトから安定なマルテンサイトに変態させるための熱処理(マルテン化処理)である、T処理(中間熱処理)あるいはR処理(サブゼロ処理)を行った後、析出硬化処理(H処理)を行います。JISにおいて、SUS631の熱処理条件は次のように定められています。<SUS631の熱処理条件>種類の記号熱処理SUS631種類記号条件固溶化熱処理S1000~1100℃ 急冷析出硬化処理RH950955±10°Cに10分保持、室温まで空冷、24時間以内に-73±6°Cに8時間保持、510±10°Cに60分保持後、空冷TH1050760±15°Cに90分保持、1時間以内に15°C以 下に冷却、30分保持、565±10°Cに90分保持後、空冷引用元:JIS G4305:冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯SUS631においても、析出硬化処理温度に応じて熱処理記号が定められており、RH950とTH1050の2種類が存在します。RH950では、S処理→R処理(955±10°Cに10分保持、室温まで空冷、24時間以内に-73±6°Cに8時間保持)→H処理(510±10°Cに60分保持後、空冷)を行います。TH1050では、S処理→T処理(760±15°Cに90分保持、1時間以内に15°C以 下に冷却、30分保持)→H処理(565±10°Cに90分保持後、空冷)を行います。析出硬化系ステンレスの特徴機械的性質<析出硬化系ステンレス鋼の機械的性質>種類の記号熱処理記号耐力N/mm2引張強さN/mm2伸び%硬さHBWHRCHRBS又はHRBWHVSUS630S---363以下38以下--H9001175以上1310以上厚さ5.0mm以下5以上375以上---厚さ5.0mmを超え15.0mm以下8以上厚さ15.0mmを超えるもの10以上H10251000以上1070以上厚さ5.0mm以下5以上331以上---厚さ5.0mmを超え15.0mm以下8以上厚さ15.0mmを超えるもの12以上H1075860以上1000以上厚さ5.0mm以下5以上302以上31以上--厚さ5.0mmを超え15.0mm以下9以上厚さ15.0mmを超えるもの13以上H1150725以上930以上厚さ5.0mm以下8以上277以上28以上--厚さ5.0mmを超え15.0mm以下10以上厚さ15.0mmを超えるもの16以上SUS631S380以下1030以下20以上192以下-92以下200以下RH9501030以上1230以上厚さ3.0mm以下--40以上-392以上厚さ3.0mmを超えるもの4以上TH1050960以上1140以上厚さ3.0mm以下3以上-35以上-345以上厚さ3.0mmを超えるもの5以上引用元:JIS G4305:冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯SUS630及びSUS631の機械的性質を上表に示しました。析出硬化系ステンレス鋼の硬度については、熱処理(焼入・焼もどし)によって高硬度を得ているマルテンサイト系ステンレス鋼とほぼ同等の値を示します。SUS630の強度については、オーステナイト系ステンレス鋼の代表的な鋼種であるSUS304と比べると、2倍以上の値を示します。SUS631については、SUS301をベースにAlを添加し、析出硬化によって弾性限を高めた鋼であるため、優れたバネ特性を有しています。物理的性質と磁性<析出硬化系ステンレス鋼の物理的性質>種類の記号 密度kg/m3縦弾性係数GPa比電気抵抗(常温)μΩ・cm比熱(0〜100℃)KJ/kg・K熱伝導度(100℃)W/m・K熱膨張係数(0〜100℃)X10-6磁性SUS6307750196800.4618.310.8強磁性SUS6317750204830.4616.415.0強磁性引用元:愛知製鋼株式会社SUS630及びSUS631の物理的性質を上表に示しました。析出硬化系ステンレス鋼の磁性について、固溶化熱処理状態では非磁性ですが、析出硬化処理後は強い磁性を示します。そのため、磁性を嫌う機器などで使用する場合には注意が必要です。耐食性各種ステンレス鋼の耐食性は、次のようになっています。オーステナイト系>析出硬化系>フェライト系、マルテンサイト系析出硬化系ステンレス鋼は、焼入れによって硬化ができないオーステナイト系ステンレス鋼をベースに、熱処理によって高強度化できるよう改良された鋼種です。そのため、オーステナイト系ステンレス鋼同様、Cr-Ni(クロムニッケル)系の組成を持っており、耐食性はオーステナイト系ステンレス鋼には及ばないものの、クロム系のフェライト系ステンレス鋼よりは優れています。また、下図に示したように、一般的に材質の硬度と耐食性は反比例の関係を示します。前述した通り、析出硬化系ステンレス鋼(SUS630)の耐食性は、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304L、SUS316L)よりは劣るものの、マルテンサイト系ステンレス鋼(SUS420J2)やフェライト系ステンレス鋼と比べると優れており、硬度と耐食性のバランスが良好な鋼種です。<硬度と耐食性(孔食電位)の関係>引用元:株式会社シリコロイラボ析出硬化系ステンレスの主な用途析出硬化系ステンレス鋼は、その優れた強度・耐食性を活かして、自動車や航空機、電子機器などの分野で広く利用されています。用途としては、シャフト、タービン部品、スチールベルトなどが挙げられます。また、弾性にも優れることから、バネ材、スプリングワッシャーなどにも利用されています。

  • 15-5PH(ステンレス鋼)化学成分、磁性、機械的性質

    15-5PHとは、析出硬化系ステンレス鋼の一種で、強度と耐食性に非常に優れているステンレス鋼です。その優れた特性を活かして、航空機や自動車、化学プラントなどの部品として広く利用されています。15-5PHの特性、磁性15-5PHは、析出硬化系ステンレス鋼に分類され、高強度、高硬度で、さらに優れた耐食性を持つステンレス鋼です。析出硬化系ステンレス鋼とは、金属間化合物の析出により、高い強度を得ることを目的としたステンレス鋼で、代表的な鋼種にSUS630があります。15-5PHは、SUS630のδ-フェライトをなくして、機械的特性を改善した鋼種です。また、15-5PHはSUS630同様、磁性を持つステンレス鋼です。そのため、磁性を嫌う環境においては、トラブルの原因につながる可能性もあるため、注意が必要です。15-5PHはJIS規格外の析出硬化系ステンレス鋼ですが、航空宇宙材料規格:AMS5659として管理され、ASTMA564 XM-12という呼称も使用されています。参考:SUS630(ステンレス鋼)磁性、成分、切削性、機械的性質15-5PHの用途15-5PHは、その優れた強度及び耐食性を活かして、シャフト類、タービン類、自動車部品、航空機部品、ポンプおよびバルブ部品、圧力容器用部材など、さまざまな用途で使用されています。15-5PHの化学成分<15-5PHの成分、組成(単位:%)>材料記号CSiMnPSNiCrMoCuNその他15-5PH0.07以下1.00以下1.00以下0.040以下0.030以下3.50~5.5014.00~15.50-2.50~4.50-Nb0.15~0.45SUS6300.07以下1.00以下1.00以下0.040以下0.030以下3.00~5.0015.00~17.50-3.00~5.00-Nb0.15~0.4515-5PHの化学成分を上表に示しました。比較のため、SUS630の化学成分も記載しています。15-5PHという名前は、クロム(Cr)含有量が約15%、ニッケル(Ni)含有量が約5%という成分含有量に由来しています。また、SUS630は、クロム含有量が約17%、ニッケル含有量が約4%であることから、17-4PHとも呼ばれています。なお、PHとは、precipitation hardening(析出硬化)の頭文字を示しています。析出硬化系ステンレスでは、冷間圧延後析出硬化熱処理を行うことで、マルテンサイト地に微細な金属間化合物を析出させます。15-5PH及びSUS630では、銅(Cu)、ニオブ(Nb)が含まれており、析出硬化処理によりCu-rich 相及び NbC を析出させ、材料を硬化させています。15-5PHの機械的性質(耐力、引張強さ、伸び、硬さ)<15-5PHの機械的性質>材料記号熱処理記号耐力MPa引張強さMPa伸び(%)硬さHBWHRC15-5PHH9001170以上1310以上6以上388以上40以上H9251070以上1170以上7以上375以上38以上H10251000以上1070以上8以上331以上38以上H1075860以上1000以上8以上311以上32以上SUS630H9001175以上1320以上10以上388以上40以上H9251070以上1170以上10以上375以上38以上H10251000以上1070以上12以上331以上35以上H1075725以上930以上16以上277以上28以上15-5PHの機械的性質を上表に示しました。比較のため、SUS630の機械的性質も記載しています。15-5PH及びSUS630には、析出硬化熱処理条件の違いによって、H900・H1025・H1075・H1150などのグレードが存在します。参考:ステンレスの焼き入れについて専門家が紹介!15-5PHは、耐力、引張強さ、伸び、硬さにおいてSUS630とほぼ同等の性質を持つことがわかります。また、オーステナイト系ステンレス鋼の代表的な鋼種であるSUS304と比べると、2倍以上の引張強さを示します。15-5PHは、SUS630と比較して、横方向の延性に強いという性質も有しています。そのため、部品などに横方向の応力が見込まれる場合には、15-5PHの使用を検討することが勧められます。その他にも、15-5PHは、熱による変形が少ないという特徴も持ちます。15-5PHの加工性15-5PHは、析出硬化熱処理をする前のS材と処理後のH材があり、切削性は異なります。粗削りなど、加工量が多い場合には、S材から加工することがお勧めされます。15-5PHは、SUS304と比べて、切削抵抗が低く、粘りも少ないため、SUS304と同じ条件ならば、工具寿命はより長くなります。参考:【ステンレス加工】加工方法や加工実績について徹底解説!!

  • SUS630(ステンレス鋼)磁性、成分、切削性、機械的性質

    SUS630は、析出硬化系ステンレスの一種です。銅(Cu)を添加することで、析出硬化性を持たせており、非常に優れた強度を有しています。しかし原材料が高く、製造が難しいなどの理由から、他のステンレス鋼と比べて価格が高い点に注意が必要です。SUS630は、クロム(Cr)の含有量がおよそ17%、ニッケル(Ni)の含有量がおよそ4%であることから、クロムとニッケルの含有量を並べて17-4PH(precipitation hardening)と呼ばれています。耐食性はオーステナイト系に劣りますが、フェライト系よりも良好なため、精密な機械部品に多く使われています。代表的な用途として、シャフト・タービン部品・ゴルフクラブなどが挙げられます。参考:【SUS(ステンレス)種類と見分け方】用途・特徴を専門家が徹底解説!SUS630の磁性と熱処理SUS630は磁性を持つステンレス鋼のため、磁石に付きます。磁性を持つステンレス鋼は、トラブルが発生しないよう、磁気を扱う場所では使えません。SUS630は、基本的に固溶化熱処理(熱処理記号S)の後に、析出硬化熱処理(熱処理記号H)を行ってから使用されます。JIS規格では、熱処理によってH900・H1025・H1075・H1150から4段階の熱処理に分けられており、H1150からH900にかけて硬度が高くなります。参考:ステンレスの焼き入れについて専門家が紹介!熱処理記号について、固溶化熱処理のSはSolution treatment、Hの記号はHardening、900は華氏900度(482℃)の意味を表しています。SUS630の化学成分<SUS630の化学成分(単位:%)>種類の記号CSiMnPSNiCrCuその他SUS6300.07以下1.00以下1.00以下0.040以下0.030以下3.00~5.0015.00~17.503.00~5.00Nb0.15~0.45引用元:JIS G 4303:2012SUS630は、他のステンレス鋼と異なり、銅(Cu)とニオブ(Nb)を含んでいるのが特徴です。銅を添加することで、析出硬化と呼ばれる材料の硬化現象を起こしています。また、ニオブは耐食性を高めるほか、高温強度を高める効果があります。SUS630の機械的性質<SUS630の機械的性質>種類熱処理記号熱処理条件耐力Mpa(N/mm2)引張強さMpa(N/mm2)伸び絞り硬さHBWHRCHV固溶化熱処理S1020~1060℃急冷----363以下38以下383以下析出硬化熱処理H900S処理後470~490℃空冷1175以上1310以上10以上40以上375以上40以上396以上H1025S処理後540~560℃空冷1000以上1070以上12以上45以上331以上35以上350以上H1075S処理後570~590℃空冷860以上1000以上13以上45以上302以上31以上320以上H1150S処理後610~630℃空冷725以上930以上16以上50以上277以上28以上292以上引用元:JIS G 4304:2005SUS630は、JIS規格によると、固溶化熱処理をS、析出硬化処理をH900・H1025・H1075・H1150の計5種を規定しています。SUS630は、耐力・引張強さに優れ、熱処理によってはSUS304と比べて2倍以上の数値があります。SUS630の物理的性質(比電気抵抗、熱伝導率、線膨張係数、弾性係数、磁性、比重)<SUS630の物理的性質>比電気抵抗(常温、μΩ・cm)熱伝導率(100℃、cal/cm・sec・℃)線膨張係数(0~100℃、×10-⁶/℃)弾性係数(×10³)kg/mm²磁性比重800.044010.820.0あり7.93引用元:阪根商事株式会社SUS630の加工性、切削性SUS630は、固溶化熱処理(熱処理記号S)の場合でも硬さがあるため、切削速度が上げにくく、工具寿命は短くなる傾向にあります。SUS304と比べると切削性は良好ではあるものの、析出硬化処理を行うと、寸法が0.10~0.15%程度縮む傾向にあるため、精度の求められる加工が必要な場合は注意しなければなりません。析出硬化後の硬度はHRC40程度のため、析出硬化後の加工もできますが、析出硬化前と比べると、加工はしにくくなります。参考:【ステンレス加工】加工方法や加工実績について徹底解説!!

  • 析出硬化系ステンレス鋼の基礎知識まとめ

    析出硬化系ステンレス鋼とは、金属間化合物の析出を利用して、高い強度を得ることを目的としたステンレス鋼です。代表的な鋼種にSUS630(17Cr- 4Ni-4Cu-Nb)と SUS631(17Cr-7Ni-1Al)があり、両鋼種ともJISによって規定されています。また、これらの鋼種は、クロム(Cr)の含有量とニッケル(Ni)の含有量から、SUS630は17-4PH、SUS631は17-7PHと呼ばれることもあります。なお、PHとは、precipitation hardening(析出硬化)の頭文字を示しています。析出硬化系ステンレスの組織と熱処理析出硬化系ステンレス鋼では、固溶化熱処理後に析出硬化(時効硬化)処理を行うことで、金属間化合物を析出させ、強度を高めています。固溶化熱処理で過飽和に固溶した析出硬化元素を、時効硬化によって第2相を微細分散析出させるという仕組みです。材質によって成分組成が異なるため、析出する金属間化合物や析出のメカニズムが異なります。また、析出硬化系ステンレス鋼では、焼入れ鋼と比べて、より低温で熱処理を行うため、焼入れによって生じやすい変形、歪み、寸法変化、焼き割れ、残留オーステナイトに起因する経年変化などが起こりにくいという特徴を持ちます。参考:ステンレスの焼き入れについて専門家が紹介!SUS630の熱処理SUS630(17Cr- 4Ni-4Cu-Nb)では、銅(Cu)の添加により析出硬化性を付与することで、Cu-過剰相を析出させます。熱処理としては、固溶化熱処理(S:Solution treatment)後に、規定された次の4段階(H900、H1025、H1075、H1150)の析出硬化処理(H:Hardening)を施します。JISにおいて、SUS630の熱処理条件は次のように定められています。<SUS630の熱処理条件>種類の記号熱処理SUS630種類記号条件固溶化熱処理S1020~1060℃ 急冷析出硬化処理H900470~490℃空冷H1025540~560℃空冷H1075570~590℃空冷H1150610~630℃空冷*注:SUS630については、固溶化熱処理及び析出硬化処理以外の熱処理を受渡当事者間で協定されることがある。引用元:JIS G4305:冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯固溶化熱処理では、1020~1060℃から急冷させ、マルテンサイトの金属組織が得られます。この後、目的とする硬度に応じて、析出硬化処理を行います。析出硬化処理は、華氏による処理温度によって定められています。例えば、H900では析出硬化処理温度が華氏900度(482℃)で、JIS上では470~490℃で析出硬化処理を行うよう定義されています。下図に示した通り、析出硬化処理温度が高くなるほど、硬度が下がり軟化します。<時効硬化熱処理温度と硬度の関係>引用元:株式会社シリコロイラボSUS630において、固溶化熱処理後、析出硬化処理(H900)後、それぞれの顕微鏡組織(200倍)を下図に示します。<SUS630顕微鏡組織>引用元:株式会社シリコロイラボ参考:SUS630(ステンレス鋼)磁性、成分、切削性、機械的性質参考:15-5PH(ステンレス鋼)化学成分、磁性、機械的性質SUS631の熱処理SUS631(17Cr-7Ni-1Al)では、Alの添加により析出硬化性を付与することで、Ni-Al 金属間化合物相を析出させます。熱処理では、まず固溶化処理(S処理)において1000~1100℃から急冷し、準安定オーステナイト組織が得られます。不安定なオーステナイトから安定なマルテンサイトに変態させるための熱処理(マルテン化処理)である、T処理(中間熱処理)あるいはR処理(サブゼロ処理)を行った後、析出硬化処理(H処理)を行います。JISにおいて、SUS631の熱処理条件は次のように定められています。<SUS631の熱処理条件>種類の記号熱処理SUS631種類記号条件固溶化熱処理S1000~1100℃ 急冷析出硬化処理RH950955±10°Cに10分保持、室温まで空冷、24時間以内に-73±6°Cに8時間保持、510±10°Cに60分保持後、空冷TH1050760±15°Cに90分保持、1時間以内に15°C以 下に冷却、30分保持、565±10°Cに90分保持後、空冷引用元:JIS G4305:冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯SUS631においても、析出硬化処理温度に応じて熱処理記号が定められており、RH950とTH1050の2種類が存在します。RH950では、S処理→R処理(955±10°Cに10分保持、室温まで空冷、24時間以内に-73±6°Cに8時間保持)→H処理(510±10°Cに60分保持後、空冷)を行います。TH1050では、S処理→T処理(760±15°Cに90分保持、1時間以内に15°C以 下に冷却、30分保持)→H処理(565±10°Cに90分保持後、空冷)を行います。析出硬化系ステンレスの特徴機械的性質<析出硬化系ステンレス鋼の機械的性質>種類の記号熱処理記号耐力N/mm2引張強さN/mm2伸び%硬さHBWHRCHRBS又はHRBWHVSUS630S---363以下38以下--H9001175以上1310以上厚さ5.0mm以下5以上375以上---厚さ5.0mmを超え15.0mm以下8以上厚さ15.0mmを超えるもの10以上H10251000以上1070以上厚さ5.0mm以下5以上331以上---厚さ5.0mmを超え15.0mm以下8以上厚さ15.0mmを超えるもの12以上H1075860以上1000以上厚さ5.0mm以下5以上302以上31以上--厚さ5.0mmを超え15.0mm以下9以上厚さ15.0mmを超えるもの13以上H1150725以上930以上厚さ5.0mm以下8以上277以上28以上--厚さ5.0mmを超え15.0mm以下10以上厚さ15.0mmを超えるもの16以上SUS631S380以下1030以下20以上192以下-92以下200以下RH9501030以上1230以上厚さ3.0mm以下--40以上-392以上厚さ3.0mmを超えるもの4以上TH1050960以上1140以上厚さ3.0mm以下3以上-35以上-345以上厚さ3.0mmを超えるもの5以上引用元:JIS G4305:冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯SUS630及びSUS631の機械的性質を上表に示しました。析出硬化系ステンレス鋼の硬度については、熱処理(焼入・焼もどし)によって高硬度を得ているマルテンサイト系ステンレス鋼とほぼ同等の値を示します。SUS630の強度については、オーステナイト系ステンレス鋼の代表的な鋼種であるSUS304と比べると、2倍以上の値を示します。SUS631については、SUS301をベースにAlを添加し、析出硬化によって弾性限を高めた鋼であるため、優れたバネ特性を有しています。物理的性質と磁性<析出硬化系ステンレス鋼の物理的性質>種類の記号 密度kg/m3縦弾性係数GPa比電気抵抗(常温)μΩ・cm比熱(0〜100℃)KJ/kg・K熱伝導度(100℃)W/m・K熱膨張係数(0〜100℃)X10-6磁性SUS6307750196800.4618.310.8強磁性SUS6317750204830.4616.415.0強磁性引用元:愛知製鋼株式会社SUS630及びSUS631の物理的性質を上表に示しました。析出硬化系ステンレス鋼の磁性について、固溶化熱処理状態では非磁性ですが、析出硬化処理後は強い磁性を示します。そのため、磁性を嫌う機器などで使用する場合には注意が必要です。耐食性各種ステンレス鋼の耐食性は、次のようになっています。オーステナイト系>析出硬化系>フェライト系、マルテンサイト系析出硬化系ステンレス鋼は、焼入れによって硬化ができないオーステナイト系ステンレス鋼をベースに、熱処理によって高強度化できるよう改良された鋼種です。そのため、オーステナイト系ステンレス鋼同様、Cr-Ni(クロムニッケル)系の組成を持っており、耐食性はオーステナイト系ステンレス鋼には及ばないものの、クロム系のフェライト系ステンレス鋼よりは優れています。また、下図に示したように、一般的に材質の硬度と耐食性は反比例の関係を示します。前述した通り、析出硬化系ステンレス鋼(SUS630)の耐食性は、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304L、SUS316L)よりは劣るものの、マルテンサイト系ステンレス鋼(SUS420J2)やフェライト系ステンレス鋼と比べると優れており、硬度と耐食性のバランスが良好な鋼種です。<硬度と耐食性(孔食電位)の関係>引用元:株式会社シリコロイラボ析出硬化系ステンレスの主な用途析出硬化系ステンレス鋼は、その優れた強度・耐食性を活かして、自動車や航空機、電子機器などの分野で広く利用されています。用途としては、シャフト、タービン部品、スチールベルトなどが挙げられます。また、弾性にも優れることから、バネ材、スプリングワッシャーなどにも利用されています。

  • 15-5PH(ステンレス鋼)化学成分、磁性、機械的性質

    15-5PHとは、析出硬化系ステンレス鋼の一種で、強度と耐食性に非常に優れているステンレス鋼です。その優れた特性を活かして、航空機や自動車、化学プラントなどの部品として広く利用されています。15-5PHの特性、磁性15-5PHは、析出硬化系ステンレス鋼に分類され、高強度、高硬度で、さらに優れた耐食性を持つステンレス鋼です。析出硬化系ステンレス鋼とは、金属間化合物の析出により、高い強度を得ることを目的としたステンレス鋼で、代表的な鋼種にSUS630があります。15-5PHは、SUS630のδ-フェライトをなくして、機械的特性を改善した鋼種です。また、15-5PHはSUS630同様、磁性を持つステンレス鋼です。そのため、磁性を嫌う環境においては、トラブルの原因につながる可能性もあるため、注意が必要です。15-5PHはJIS規格外の析出硬化系ステンレス鋼ですが、航空宇宙材料規格:AMS5659として管理され、ASTMA564 XM-12という呼称も使用されています。参考:SUS630(ステンレス鋼)磁性、成分、切削性、機械的性質15-5PHの用途15-5PHは、その優れた強度及び耐食性を活かして、シャフト類、タービン類、自動車部品、航空機部品、ポンプおよびバルブ部品、圧力容器用部材など、さまざまな用途で使用されています。15-5PHの化学成分<15-5PHの成分、組成(単位:%)>材料記号CSiMnPSNiCrMoCuNその他15-5PH0.07以下1.00以下1.00以下0.040以下0.030以下3.50~5.5014.00~15.50-2.50~4.50-Nb0.15~0.45SUS6300.07以下1.00以下1.00以下0.040以下0.030以下3.00~5.0015.00~17.50-3.00~5.00-Nb0.15~0.4515-5PHの化学成分を上表に示しました。比較のため、SUS630の化学成分も記載しています。15-5PHという名前は、クロム(Cr)含有量が約15%、ニッケル(Ni)含有量が約5%という成分含有量に由来しています。また、SUS630は、クロム含有量が約17%、ニッケル含有量が約4%であることから、17-4PHとも呼ばれています。なお、PHとは、precipitation hardening(析出硬化)の頭文字を示しています。析出硬化系ステンレスでは、冷間圧延後析出硬化熱処理を行うことで、マルテンサイト地に微細な金属間化合物を析出させます。15-5PH及びSUS630では、銅(Cu)、ニオブ(Nb)が含まれており、析出硬化処理によりCu-rich 相及び NbC を析出させ、材料を硬化させています。15-5PHの機械的性質(耐力、引張強さ、伸び、硬さ)<15-5PHの機械的性質>材料記号熱処理記号耐力MPa引張強さMPa伸び(%)硬さHBWHRC15-5PHH9001170以上1310以上6以上388以上40以上H9251070以上1170以上7以上375以上38以上H10251000以上1070以上8以上331以上38以上H1075860以上1000以上8以上311以上32以上SUS630H9001175以上1320以上10以上388以上40以上H9251070以上1170以上10以上375以上38以上H10251000以上1070以上12以上331以上35以上H1075725以上930以上16以上277以上28以上15-5PHの機械的性質を上表に示しました。比較のため、SUS630の機械的性質も記載しています。15-5PH及びSUS630には、析出硬化熱処理条件の違いによって、H900・H1025・H1075・H1150などのグレードが存在します。参考:ステンレスの焼き入れについて専門家が紹介!15-5PHは、耐力、引張強さ、伸び、硬さにおいてSUS630とほぼ同等の性質を持つことがわかります。また、オーステナイト系ステンレス鋼の代表的な鋼種であるSUS304と比べると、2倍以上の引張強さを示します。15-5PHは、SUS630と比較して、横方向の延性に強いという性質も有しています。そのため、部品などに横方向の応力が見込まれる場合には、15-5PHの使用を検討することが勧められます。その他にも、15-5PHは、熱による変形が少ないという特徴も持ちます。15-5PHの加工性15-5PHは、析出硬化熱処理をする前のS材と処理後のH材があり、切削性は異なります。粗削りなど、加工量が多い場合には、S材から加工することがお勧めされます。15-5PHは、SUS304と比べて、切削抵抗が低く、粘りも少ないため、SUS304と同じ条件ならば、工具寿命はより長くなります。参考:【ステンレス加工】加工方法や加工実績について徹底解説!!

  • SUS630(ステンレス鋼)磁性、成分、切削性、機械的性質

    SUS630は、析出硬化系ステンレスの一種です。銅(Cu)を添加することで、析出硬化性を持たせており、非常に優れた強度を有しています。しかし原材料が高く、製造が難しいなどの理由から、他のステンレス鋼と比べて価格が高い点に注意が必要です。SUS630は、クロム(Cr)の含有量がおよそ17%、ニッケル(Ni)の含有量がおよそ4%であることから、クロムとニッケルの含有量を並べて17-4PH(precipitation hardening)と呼ばれています。耐食性はオーステナイト系に劣りますが、フェライト系よりも良好なため、精密な機械部品に多く使われています。代表的な用途として、シャフト・タービン部品・ゴルフクラブなどが挙げられます。参考:【SUS(ステンレス)種類と見分け方】用途・特徴を専門家が徹底解説!SUS630の磁性と熱処理SUS630は磁性を持つステンレス鋼のため、磁石に付きます。磁性を持つステンレス鋼は、トラブルが発生しないよう、磁気を扱う場所では使えません。SUS630は、基本的に固溶化熱処理(熱処理記号S)の後に、析出硬化熱処理(熱処理記号H)を行ってから使用されます。JIS規格では、熱処理によってH900・H1025・H1075・H1150から4段階の熱処理に分けられており、H1150からH900にかけて硬度が高くなります。参考:ステンレスの焼き入れについて専門家が紹介!熱処理記号について、固溶化熱処理のSはSolution treatment、Hの記号はHardening、900は華氏900度(482℃)の意味を表しています。SUS630の化学成分<SUS630の化学成分(単位:%)>種類の記号CSiMnPSNiCrCuその他SUS6300.07以下1.00以下1.00以下0.040以下0.030以下3.00~5.0015.00~17.503.00~5.00Nb0.15~0.45引用元:JIS G 4303:2012SUS630は、他のステンレス鋼と異なり、銅(Cu)とニオブ(Nb)を含んでいるのが特徴です。銅を添加することで、析出硬化と呼ばれる材料の硬化現象を起こしています。また、ニオブは耐食性を高めるほか、高温強度を高める効果があります。SUS630の機械的性質<SUS630の機械的性質>種類熱処理記号熱処理条件耐力Mpa(N/mm2)引張強さMpa(N/mm2)伸び絞り硬さHBWHRCHV固溶化熱処理S1020~1060℃急冷----363以下38以下383以下析出硬化熱処理H900S処理後470~490℃空冷1175以上1310以上10以上40以上375以上40以上396以上H1025S処理後540~560℃空冷1000以上1070以上12以上45以上331以上35以上350以上H1075S処理後570~590℃空冷860以上1000以上13以上45以上302以上31以上320以上H1150S処理後610~630℃空冷725以上930以上16以上50以上277以上28以上292以上引用元:JIS G 4304:2005SUS630は、JIS規格によると、固溶化熱処理をS、析出硬化処理をH900・H1025・H1075・H1150の計5種を規定しています。SUS630は、耐力・引張強さに優れ、熱処理によってはSUS304と比べて2倍以上の数値があります。SUS630の物理的性質(比電気抵抗、熱伝導率、線膨張係数、弾性係数、磁性、比重)<SUS630の物理的性質>比電気抵抗(常温、μΩ・cm)熱伝導率(100℃、cal/cm・sec・℃)線膨張係数(0~100℃、×10-⁶/℃)弾性係数(×10³)kg/mm²磁性比重800.044010.820.0あり7.93引用元:阪根商事株式会社SUS630の加工性、切削性SUS630は、固溶化熱処理(熱処理記号S)の場合でも硬さがあるため、切削速度が上げにくく、工具寿命は短くなる傾向にあります。SUS304と比べると切削性は良好ではあるものの、析出硬化処理を行うと、寸法が0.10~0.15%程度縮む傾向にあるため、精度の求められる加工が必要な場合は注意しなければなりません。析出硬化後の硬度はHRC40程度のため、析出硬化後の加工もできますが、析出硬化前と比べると、加工はしにくくなります。参考:【ステンレス加工】加工方法や加工実績について徹底解説!!